作品仕様
作品解説
近年の国内旅行市場では、低価格で交流を重視するゲストハウスの重要性が高まっている。しかし、若年層への意識調査から、体験価値への期待がある一方で、清潔感や安全性への強い心理的障壁が利用を阻害している実態が明らかとなった 。 そこで本研究では、都市部の空間的制約下における「時間による空間機能の可変性」に着目し、運営実態と利用者ニーズの乖離を分析 。交流とプライバシーを両立し、地域社会と接続する「まちのフロント」としての新たな空間設計指針を提案する 。
近年、日本のインバウンド需要の回復とともに、宿泊施設の多様化が進んでいる。中でもゲストハウスは、低価格かつ宿泊者同士の交流を促進する場として注目されている。しかし、利用経験のない層、特に若年層においては、プライバシーの欠如や衛生面への不安から利用を躊躇する傾向も根強い。そこで本研究では、都市部のゲストハウスにおける空間構成と利用者のニーズを多角的に調査・分析し、これからの時代に求められる宿泊空間の在り方を提案することを目的とした。
まず、現状把握のための予備調査として、都内の既存ゲストハウスとビジネスホテル、カプセルホテルの空間構成を比較分析した。その結果、ゲストハウスの最大の特徴は「共用部の多機能性」にあることが判明した。ホテルが寝室という私的空間を中心に構成されるのに対し、ゲストハウスではラウンジやキッチンが占める割合が大きく、そこでの「他者との距離感」が滞在の質を大きく左右していることが明らかになった。
本調査では、実際の利用実態をより詳細に把握するため、特定のゲストハウスを対象に、時間帯別の空間利用状況と利用者へのアンケート調査を実施した。その結果、以下の四点が明らかになった。①時間帯によって空間の機能が動的に変化しており、昼間は作業や休憩の場、夜間は積極的な交流の場として使い分けられている。②利用者は「過度な交流」よりも「緩やかな気配」を求めており、他人の存在を感じつつも自分の時間を確保できる空間を評価している。③清潔感やセキュリティといった基礎的要素の充足が、交流への心理的ハードルを下げる前提条件となっている。④地域住民が利用できるカフェ機能などを併設している施設では、宿泊者が「その土地の日常」に触れる体験価値が高まっている。
これらの調査結果を踏まえ、実用性のある空間提案として、以下の三つの対策を提言する。 第一に、共用部における「選択的プライバシー」の確保である。広い一間のラウンジではなく、家具の配置や高低差を利用して、視線を適度に遮る「おこもり感」のあるスペースを点在させることで、一人の時間と交流の時間を自由に選択できる環境を構築する。 第二に、時間帯による機能の可変性を最大化する設計である。照明演出や可動式家具を取り入れることで、朝食会場、ワークスペース、バータイムへと、空間の雰囲気をシームレスに切り替え、限られた敷地面積を有効活用する。 第三に、地域社会と接続する「まちのフロント」機能の強化である。施設内にあえて全ての機能を完結させず、地域の銭湯や飲食店を紹介・活用する動線を設計することで、ゲストハウスを都市全体を一つの宿として捉えるための拠点へと昇華させる。
結論として、これからのゲストハウスは単なる安宿ではなく、多様な背景を持つ人々が「個」を保ちながらも緩やかに繋がれる、都市の新たな「居場所」としての役割が期待される。本研究で提案した空間モデルは、宿泊施設の設計に留まらず、現代社会におけるコミュニティ形成のヒントとなるものである。
